Lifetime Rispect

Edu×Psycology×Glamping

生きる価値より死なない価値

「自分は生きている価値がないな」

と考えてしまっている過去の僕へ。

「死にたいな」なんて考えてしまうことがある。

死んだらどんなに楽かと考える。

いじめている奴らに復讐できるとかって考えてしまうことがある。

なんのために生きているのか

生きている価値はあるのか

なんの役にも立っていない自分が嫌になって仕方ない。

先生やカウンセラーは励ましてくれる

「これからいいことが必ずあるよ」とか言って。

今、いいことがないのに

過去、いいことがないのに

未来、いいことがあることなんて考えられない。

なんの意味もない、貢献してない

むしろ、邪魔してる

社会のお荷物の自分に対して

死んだ方が社会のためなんてすら考える。

だから、死ぬ方が価値があるなんて考えてしまう。

たしかに、生きている価値は見いだせないかもしれない。

けど、死なない価値なんてものもあるんじゃないかな。

生きている価値は、いわばポジティブな感じがするよね。

自分の行動が誰かの役に立ってる

そう感じられたら生きてる価値を感じられるよね。

でも、今はそんな元気もなくて

学校に行けなくて部屋でもんもんとしてる。

だから、親を苦しめている。悩ましている。

じゃあ、死なない価値ってなんだろう。

死んだら、親はその苦しみと悩みから解放されるのかな。

たしかに解放されるかもね。

だけど、それにも増した苦しみと悩みが新しく生まれるのも事実だよね。

「もっとこうしてあげればよかった」とか

「あんなこと言わなければよかった」とか。

死ぬ価値と生きる価値と死なない価値。

なんか自分が生きていることで

世の中にプラスの価値を作らなきゃ

なんてことを脅迫的に思ってしまうかもしれないけど

そんなのはいいよ。

生きる価値より、まずは死なない価値を大きく見てみて。

みんながみんな価値を作ってたら、

世の中パンパンになっちゃうよ。

空白っていうか、余白っていうか

ハンドルのあそびみたいなものが

世の中には必要なんだからさ。

あなたはそのあそびの部分であって

それはそれで価値があるんだな

って。今の僕はそう考えるんだなー。